東京地方裁判所 昭和26年(ワ)6571号 判決
原告 武居篤美
被告 各万証券株式会社
一、主 文
被告は原告に対し、別紙目録<省略>第二欄記載の株式の株券を引き渡せ。もし右株券の引渡につき、強制執行が不能なときは、被告は原告に対し、右不能な部分につき、別紙目録第二欄記載の単価によつて算出した金員及びこれに対する、昭和二十七年十一月十五日より支払ずみに至るまで、年六分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は、原告が金百五十万円を供するときは、仮りに執行することができる。
二、事 実
原告訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、
「原告は証券取引法にいわゆる証券業者である被告に対し、昭和二十四年八月頃から昭和二十六年一月頃までの間に、別紙目録第二欄記載の株式の株券を、期限を定めず、無償で寄託した。
即ち、原告は、これらの株券のうち、別紙目録第一欄記載の一、三、六、九、十五、十八及び九十九の株式の株券については、いずれも、これを他より取得して、同欄記載の頃、被告に寄託し、五、八、十二乃至十四、二十、二十一、二十四乃至二十六、二十九乃至三十二、三十五乃至四十八、五十、五十三乃至六十、六十二乃至七十三、七十六、七十八乃至八十八、九十乃至九十八及び百一の株式の株券については、同欄記載の頃、被告に対し、各買付を委託し、受渡の都度、これを寄託し、その他の株式の株券については、同欄記載の頃、被告に対し各増資新株の引受及び払込を委託し、増資新株申込証拠金領収証入手の都度、これを寄託し、その後、株券が発行されるや、被告に委託して会社から右領収証と引き換えに株券をうけとり、引き続き、これを寄託したものである。
原告は、昭和二十六年四月四日、被告に対し、右株券全部の返還を求めたが、被告はこれに応じない。
よつて、寄託契約の終了を原因として、右株券を引渡すこと並びに、もし、右株券の引渡につき、強制執行が不能なときは、不能な部分につき、履行に代る損害賠償として、本件口頭弁論終結の日たる昭和二十七年十一月十四日の、右株式の東京株式市場における別紙目録第二欄記載の最終価格を単価として算出した金員及びこれに対する翌十五日より支払ずみに至るまでの、商法所定の年六分の割合による損害金の支払を求める。」と述べ、
「原告の被告に対する本件株式の買入、増資新株の引受若しくは払込の委託又は株券若しくは増資新株申込証拠金領収証の寄託は、すべて、訴外伊藤嘉吉を通じてしたものであるが、伊藤嘉吉は、当時、被告の外務員たる使用人であつて、被告の営業所又は顧客方において、被告のため、顧客より株式の売買取引の委託を受け又は、株券の寄託を受ける権限を有していたものである。
仮りに、伊藤嘉吉に、かかる権限がなかつたとしても、同人は原告以外の顧客に対しても、被告の営業所又は顧客方において、被告のため、株式の売買取引の委託を受けていたから、原告は、伊藤嘉吉に右権限があると信ずることにつき、正当な事由を有していたものである。」
と附け加えた。<立証省略>
被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、答弁として、
「原告主張の事実中、被告が証券業者であり、伊藤嘉吉が、原告主張の頃、被告の外務員として、被告の営業所において、顧客との株式の売買取引の業務に従事していたこと、原告主張の日時に、原告から、その主張のような株券の返還請求があつたこと及び原告主張の株式の昭和二十七年十一月十四日の東京株式市場における最終価格が、別紙目録第二欄記載の通りであることは認めるが、その余の事実は否認する。
被告は、これまで、原告より一度も株式の売買の委託を受けたことはなく、また、株券の寄託を受けたこともない。
伊藤嘉吉は、昭和二十四年七月頃、被告は外務員として雇入れたものであるが、原告は同人が被告の外務員となる以前から、同人と特別の個人的関係があり、同人に金銭の運用利殖方を依頼し、その後も引続き株式の売買取引を依頼していたが、これは被告とは全然無関係のことがらである。」
と述べた。<立証省略>
三、理 由
一、伊藤嘉吉が昭和二十四年七月頃から昭和二十六年一月頃まで、証券業者である被告の外務員として、被告の営業所において、顧客との株式の売買取引の業務に従事していたことは当事者間に争のないところ、右事実に、成立に争のない甲第一乃至第百九号証、第百十二乃至第百十四号証、第百二十四号証、第百二十六号証、第百二十七号証、第百三十一乃至第百三十六号証、証人伊藤嘉吉の証言により真正に成立したものと認める甲第百十六乃至第百二十三号証、第百二十五号証、第百二十八乃至第百三十号証、証人伊藤嘉吉の証言により同人が作成したものと認める甲第百十号証、第百十一号証原告本人訊問の結果により原告の手控であると認める甲第百十五号証、証人伊藤嘉吉の証言及び原告本人訊問の結果を総合すると、次の事実を認めることができる。即ち、
原告は、昭和二十四年四月頃、当時訴外藍沢証券株式会社(以下藍沢証券という。)の外務員たる伊藤嘉吉を通じ、藍沢証券に対し、株式の売買、増資新株の引受、払込を委託し、買付けた株式の株券及び払込により取得した増資新株の株式申込証拠金領収証又は株券は、受渡の都度、そのまま期限を定めず、無償で同証券に寄託していたこと、同年七月頃、伊藤嘉吉が同証券を辞任し、同じく証券業を営む被告方に外務員として勤務するに至つたので、原告は藍沢証券に対する右株券等の寄託契約を解除し、同証券に寄託されていた別紙目録第一欄記載の一、三、六、九、十五、十八及び九十九の株式の株券の返還を受けた上、改めて伊藤嘉吉を通じ、被告に対し、株式の売買等を委託し、前同様の条件で、右返還を受けた株券をも含めて株券等を寄託していたこと及び伊藤嘉吉を通じてなした被告との右取引は昭和二十六年一月頃まで行われたが、その結果、原告は別紙目録第二欄記載の株式の株券を寄託していることとなり、これらの株券のうち、同目録第一欄記載の五、八、十二乃至十四、二十、二十一、二十四乃至二十六、二十九乃至三十二、三十五乃至四十八、五十、五十三乃至六十、六十二乃至七十三、七十六、七十八乃至八十八、九十乃至九十八及び百一の株券が被告を通じて買付けた分に当り、これらと右保管換えをした分とを除くその他の株券が、被告を通じてなした増資新株の払込によつて取得した株式の株券に当るものであることが認められる。
二、しかして、有価証券取引法第五十六条第一項及び有価証券外務員に関する規則(昭和二十七年一月八日公正慣習規則第四号)第二条の規定によれば、外務員は、証券業者の営業所以外の場所において有価証券の募集若しくは売買又は有価証券市場における売買取引の委託の勧誘に従事する使用人と定められているけれども、特別の事情のない限り、外務員は、この外に、なお証券業者の営業所の内外において証券業者の使用人として顧客から株式の売買取引の委託の注文をうけ、顧客との間の受渡のため株券又は代金等の授受をなし、又は証券業者が顧客に対する奉仕としてなすいわゆる株券等の保護預りのため、株券等の受渡をなす権限を有するものと解するのが相当である。けだし、前記規則第二十条第二項第四号ないし第六号の規定によれば、明かに、外務員は有価証券の売買取引の委託の注文をうけ、且つ顧客との間の受渡のため株券又は代金等の授受に従事することあることが予定されているし、又若し前記法条のようにその職務を取引の勧誘のみに限定するならば、証券業者は、ここにいう外務員の外に注文をとり、受渡に従事する外務員たる使用人を設け、ここにいう外務員と同じような強い監督統制の下に置かなければならないこととなり、迂遠なりというべきである。更に保護預りの為の株券等の受渡の点については、もともと保護預りが顧客の利益の為にするものであるとはいえ、顧客と証券業者との取引の連繋を永続させる為の証券業者の一種の営業政策に由来するものとも考えられないこともない点からすれば、証券業者は顧客の如何なる保護預りの申出にも異議なく応ずべき筋合であつて、外務員に対する顧客の保護預りの申出を外務員が証券業者の代理人としてうけ、これに応ずるもなんら差支なしと考えられるからである。唯かく解するときは、往々にして不徳義な外務員があつて証券業者に不測の損害を蒙らせる虞なしとしないが、それ故にこそ法律は、外務員を証券業者の使用人と定め、これに対する証券業者の監督の厳重ならんことを要求し、教養その他の訓育に遺憾なきを致しているのである。されば、本件において、訴外伊藤嘉吉は、被告を代理する立場に立つて適法に原告と右認定のような各種の取引をしたものと認めるべきである。
三、右の認定に対しては、後記のように一見これに反するような証拠があるけれども、それらが結局右認定を左右するものでなく、またはこれと矛盾するものではないことは後記の通りであり、他にこれを覆すに足る証拠は存在しない。即ち、
先ず、甲第一乃至第百九号証、第百十二乃至第百十四号証、第百二十一乃至第百二十四号証、第百二十六号証、第百三十乃至第百三十六号証は、藍沢証券又は被告の作成にかかる株式の買付等に関する書面であつて、これらの記載によると株式の買付等の委託者はすべて、原告以外の他人名義となつて居るのであるが、これは、証人伊藤嘉吉の証言及び原告本人訊問の結果によつて、伊藤嘉吉が、大量に株式の売買を行うときは、資産内容を他人に知られないよう、架空人名義を使用した方がよい旨を原告に忠告し、原告がこれに従つて、便宜、適当な氏名を使用して取引を行つた結果によるものであることを知り得るから、右記載は、何等前記認定を妨げるものではない。
つぎに、証人伊藤嘉吉の証言中には、伊藤嘉吉が個人の資格で原告から株券を預り、それを私物として被告の金庫中に寄託していたとか、原告は伊藤嘉吉に資金の一切の運用を委せていたとかいういみの供述があり、又前顕証拠によれば、これと符牒を合しよつて伊藤嘉吉が前記一認定のような株式の売買取引及び株券の保管の委託を受けたのは、被告の代理人としてではなくて、むしろ原告の代理人たる資格であつたのではないかということを認めさせるようなつぎの事実が存在することが認められる。即ち、
(一)、原告は昭和二十四年六月頃、株式の売買取引とは別に、手持遊金の金融による利殖の斡旋方を伊藤嘉吉に依頼し、その結果同人は訴外伊藤栄吉を原告に紹介し、原告は同人に対し、合計数百万円を交付して金融を行つたこと。(二)、伊藤嘉吉はその間にあつて、両者の連絡の任にあたり、自らもまた、原告のため、少からぬ金員を他人に貸付けていたこと。(三)、原告は伊藤嘉吉が藍沢証券に勤務しているときは、同証券を通じ。同人の被告の外務員となつた後は被告を通じて各取引を行つて来たわけであるが、更に原告は被告に株式の売買取引を委託するときは、常に伊藤嘉吉を通じて行い、被告の営業所には一度も自身で出向いたことはなく、たまたま被告方に在る伊藤嘉吉に電話連絡を行つても、同人が不在のときは、常に後刻改めて同人から原告に連絡するよう依頼するのみであつたこと、(四)、被告に対し一度も株券預り証の発行を要求した事実がないことが認められ、なお、原告が架空人名義を使用して被告に対し株式の売買取引を委託していたという前記認定の事実から、(五)、伊藤嘉吉以外には真の委託者が何人であるかは分らなかつた筈であるということも、これを知ることができる。
しかしながら、当裁判所は、後記のような理由によつて、結局証人伊藤嘉吉の右供述部分は信用することができず、右(一)乃至(五)の事実をもつてしても前記一の認定を覆すことはできないものと考える。何とすれば、
いやしくも、伊藤嘉吉が被告の外務員として、前記二認定のような職務職権を有するものと認められる以上、それにも拘らず、外務員が個人の資格において、顧客の代理人として自己の勤務先を通じて株式の売買取引を行つたものと認定し得るためには、顧客と外務員の間に、一般取引関係から来る信用を超えた特殊の個人的信頼関係が存在し、かかる信頼関係のために、顧客が外務員に対して証券業者の使用人たる立場を去つて特に自己のために行動することを求め、外務員がこれに応じたものと認められるに足るだけの特別の事情の存在が認定され得る場合であるところ、右(一)乃至(五)の事情も、証人伊藤嘉吉の証言及び原告本人訊問の結果から知り得る。原告が伊藤嘉吉を知るに至つたのは、原告が株式を売買して手持資金を運用することを思いついたが、自身は歯科医師であつて、株式に関する知識はもとより、証券業者に知り合いもなかつたので、知人の訴外伊藤源次郎に適当な証券業者の紹介を依頼した結果によるものであつて、本件取引以前には原告と伊藤嘉吉との間には何等の個人的関係がなかつた事実に、原告のような特殊の職業をもつ顧客のうちには、証券業者の営業所に出頭することなくして証券の取引をするものが少くないこと。原告が株式の取引に関する経験及び証券業者における株券の取扱に関する正確な知識を有していなかつたこと並びに元来伊藤嘉吉は被告の外務員であつて、当然その使用人として補助者たる関係に立つ者なのであるから、真の委託者が原告であるということが同人に分つて居れば、仮令原告が架空名義を使用し、それが伊藤嘉吉のみにしか分つて居らなかつたとしても、被告としてはそれで十分であること等を併せ考えると、到底これをもつて前記特別の事情に当るものということはできないからである。
四、原告が被告に対し、昭和二十六年四月四日、別紙目録第二欄記載の株式の株券の返還を求めることは当事者間に争のないところ、これを返還したことにつき何等の主張立証のない本件では、被告にこれを返還すべき義務のあることは明白である。
なお、本件株式の本件口頭弁論終結の日たる昭和二十七年十一月十四日の東京証券市場の最終価格が、原告主張の通りであることは、当事者間に争がない。
よつて右株券の返還を求め、これの引渡につき、強制執行が不能なときは、不能な部分について、履行に代る損害賠償として、その株式の昭和二十七年十一月十四日の東京株式市場における最終価格として算出した金員及びこれに対する翌十五日より支払ずみまで、商法所定の年六分の割合による損害金の支払を求める原告の請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条第一項を各適用して、主文の通り判決する。
(裁判官 小川善吉 岡田辰雄 矢口洪一)